最近つくづく思うのですが、『これさえやれば今すぐ上手くなる!』みたいな魔法のようなコツって結局無いっすよねえ。
ちょっとズレた例え話かもしれないですが、昔のムエタイの選手で『左足でのミドルキックしかほぼやらない』っていう振り切れた人がいたんですね。
ポケモンで例えるならタイプ統一、それも単タイプ限定というイかれた構成でレート対戦に挑むみたいなもんです。
そしてそんな冗談みたいな戦いをしてるのにちゃんと強い。
それじゃあここで疑問なのは、その人はその戦い方が優れているから強いのか?という問題が生じますが、たぶん違う。
だってもしその戦法が最強なのであれば、皆マネして今頃は格闘競技は蹴りしか使わないという意味不明なバグみたいな環境になってるはずじゃないですか。
だけど現実そうはなっていない。 ということはあの戦い方自体が特段優れているいる訳ではない。
いやむしろ彼のような前例があるにも関わらず真似している人がいないということは、あの戦法自体はむしろ欠陥戦術でさえあると考えることができます。
まあ普通に考えて、それしかやってこないって分かっているのだから対策は容易なわけで、対策すればそれで完封してしまえるはずだからです。 なのになぜか誰も勝てない、何故なのか?
これは持論なのですが、思うに人間ってやつは、この世には何か凄い魔法のような究極テクニック、もとい必勝法がどんなジャンルにおいても存在すると思っている節があります。
ネットでよく見かける、今すぐできる〇〇個のコツ!みたいなやつですね。
それがゆえに何か卓越した能力、あるいは技術を持つ人を見た時。 『その人は何らかの魔法のコツを知る者であり、そしてその人が実践しているやり方こそが例の究極テクニックだ。 だからそれを真似したら誰でも簡単に道を極めることができる』、と考えているのではないでしょうか。
ただ実際にそれは一部正しくて、たしかにその戦法は必勝法で魔法のコツなんだけど、その手法がコツとして成立しているのは、その下に積み重ねがあるからに他ならないのだ思うのです。
例えるなら、何らかのコツという魔法を使うための発動条件として積み重ねが要求される、なんてのは上手い例えじゃないですか?
要するに近道とか魔法みたいなコツはあるにはあるんだけど、あくまでもそれは地道な積み重ねの結晶なのだから、チートとか都合のいい夢見てないで泥臭くコツコツやっていく他に我々人間に道は無い。
ということを、例の蹴りしかやらない戦法が最強だと思って空手で実践してみたら全く話にならなかった時に思った次第であります。
才能? 知らん。 人間は結果が出れば天才と褒めたたえて、失敗すれば凡人と見る。 しかし物事の結果は運の要素を多分に含むので才能の話をしても始まらない。
まあ何にしても、裏を返せばどんな欠陥戦術でも自分に合っているものを選んで、適切に努力すれば魔法のようなコツにまで昇華させられる可能性がある、ってのは中々にロマンのある話ですね。
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